旧前田公爵別邸改修A =床の間をマントルピースに=












 
11月頃の事
マネージャーが事務所に来て「日本館の2階の床の間をつぶし、マントルピースを造れないか」という副官から話があったという事でした。 その副官は年の頃は27〜8才で、空軍少尉でした。

早速2階の日本間をマネージャーと見に行きました。昭和初期に作られた立派な建物です。左側に9尺(約3m)の床の間があり、右側に9尺の飾り棚の床の間がありました。床柱は黄楊(ツゲ)の木で立派なものでした。

日本間にマントルピースを造り、薪を燃やすとなると煙突も造らねばなりません。副官から、煙りが部屋の中に入らないようにとの注文でした。

その立派な床の間をつぶしてマントルピースにするとは、米国人は日本間の床の間の価値など全く理解出来ないのかと虚しくなり、マネージャーに中止が出来ないか相談したが駄目でした。

とりあえずフリーハンドで図面を画き、マネージャーに持っていき、副官が見て「OK」が出ました。副官が福岡に1ヶ月間出張するそうで、その間に造るようにと言い残し福岡に出発しました。

既存の壁は砂壁だったので、充分注意して仕事にとりかかりました。
屋根の一部を壊して煙突を造り、「火袋」(暖炉の火を燃やす所)は鉄製で厚さが10糧程度のものを鉄骨屋に依頼して取り付けました。マントルピースの壁は鉄平石貼りにして仕上げました。

火入式の後、いよいよ薪を入れて燃やしましたが、僅かに煙りが日本間の方へ流れて来てしまい、さぁー大変とばかりに考え2日後に煙突の上部に換気扇をつける提案をしたところ「OK」が出ました。

換気扇の羽根は鉄工所に依頼出来ますが、モーターを探さねばなりません。
マネージャーの許可を得てジープで街中に出て、換気扇に使うモーターを一日中探し回りました。だが、戦後でしたから見つけても、欲しいモーターの半分の大きさしかなく、思うようなモーターが見つかりません。 渋谷、京橋、神田、上野へとジープを走らせ、やっと本郷通りの金物屋で古いモーターを見つけ、当時の値段では非常に高い値段、5,000円で買う事が出来ました。
モーターと羽根の製作中に、副官は福岡の米軍飛行場の教官として転任されましたが、請けた以上は完成しなければなりません。

出来上がりましたがスイッチを入れると、今度はモーターのゴーッと凄い音が煙突から聞えてきました。
でも、注文した副官が居ませんので、その件はそれなりになりました。
*管理の方のお話では、改築前は立派な襖絵があったそうですが、米軍(西洋人)好みの白に塗り替えられてしまったそうです。シャンデリアも改築前は無く、ボンボリを燈して風情があったそうです。2階の日本間を撮影したかったのですが、進入禁止で行けませんでした。
(当HP管理人撮影H15.1)

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